どこかで梅の花が咲いているのか。
「皓一、風邪ひくわ」
「あ、うん。もう少し、いいかな…」
目の前には、墓標。
藤沢、と彫られていた。
「皓一…」
「うん。…母さんと父さんの最期が知りたくて…」
この場にいても知る事が出来ないことは分かっている。
知っているとしたら、あの夜、あの場所にいたただ一人。
緋龍に聞くしかない。
だけれど。
「おかしいかな。本当のことを知るのが怖いんだ…」
不意に肩が震えた。
寒さの為か、別の理由があるのか、皓一にはわからなかった。
震えた事にさえ、気付かずにいた。
「芙蓉、…俺、誰が犠牲になってもかまわないって、考えたんだ」
墓標を見つめたまま、皓一は呟いた。
「でもここに来て、やっぱり分かった」
「皓一?」
「俺、やっぱり紫龍なんだなって。もう、誰の血も流したくない」
茶の革手袋に包まれた右手を握りしめ、皓一は唇を噛んだ。
梅の花の香り。
初めて龍になった緋龍の母親。
あの遥か遠い記憶に確かに残る、同じ花の香り。
―――俺は自分の母親までも龍に変えた。
震えていたあの閉じられた目蓋は、同じ事を考えたのか。
「皓一、もう帰りましょう?お父様も、きっと心配してるわ」
「…そうだね。無断で出て来ちゃったもんね」
芙蓉に向かって振り返ると、ふわりと何かが胸に落ちてきた。
「あ…」
「雪だわ」
芙蓉が声を上げた。だが皓一の目はその肩越しの向こうを捉えていた。
風に舞う白雪の中、佇む黒い長身。
「緋龍…」
墓へと続く細い林道の入口で、ただ黙ってこちらを見ていた。
「迎えに来てくれたんだわ。行きましょ」
「うん…」
睫毛に積もる雪がそうさせるのか、眉間が狭まる。
瞬く間に変わった白い景色。
黒いコートに降りかかる雪は、風に舞い再び空へと舞った。
「緋龍」
「…おまえがここにいる事はもう伝えてある。…知りたいんだろう?」
「…緋龍。でも…俺は…」
唇に降りかかる雪が声を詰まらせる。
否。
別の理由が喉を締め、声にならない。
「俺…が…」
二人を。
不意に緋龍が冷えた頬に、手を伸ばしてきた。
黒の革手袋は意外にも温かい。
すっと、頬から瞳へと、緋龍は指を滑らせた。
温かいのは、涙だった。
「おれ…、俺が…二人…を…」
芙蓉が、緋龍の脇をすり抜け、遠く離れていく。
すれ違うように、緋龍が近付く。
滲み、微かに見える緋龍の影が目の前を塞いだ。
心地の良い闇が目前を制する。
何時も同じ、呼吸の気配の無い胸。
一つ、大きく息が吸われるのを皓一は感じた。
「…梅の、香りがするな…」
…か、『kazahana』でした。
短っ!!
しかもエロくない。
爽やかに皓一と緋龍がセンチメンタルになっているだけという…。いや、それが書きたかったんですけど。
タイトル『かざはな』は冬の言葉ですが、舞台が北かんとぅの山沿いなんでプチ雪国ってことで使わせていただきました。
緋龍って、呼吸してないイメージがあります。
あえて、ちゃんと呼吸してるんだよーと表現してみました。いいな。皓一。その胸次貸してよ。緋龍が拒むだろうけど。