~傷~

不眠が続いていた。
眠ろうとして、瞼を閉じると、必ず現れる山吹色の瞳。
真っ暗な闇の中、ひとつだけ浮かび上がるその瞳は人のものなのか、人外のものなのか。
ーーー後者に違いない。
斎樹はそう思っていた。
だが、この不眠が仕事による軽いノイローゼのためだと斎樹は認識していた。
ここ数日、世間を騒がせている失踪事件を追っている自分には、睡眠時間に昼も夜も、関係なかった。
そして今日も、追っていた関係者がまた一人消えたことによって、斎樹の仕事はふりだしに戻った。
新聞記者。
肩書はしっかりしたものだが、実際は違った。
芸能スクープ、未解決事件の三文記事、いわゆるゴシップが斎樹の獲物だ。
斎樹がいま追っているのは、「神隠し」だった。
昔話に現れる神隠しではない。
現代の、それも大都会東京で起こっている、老若男女を問わぬ失踪事件だった。
消えたのは、今までに五人。
スーパーマーケットのレジ打ちの女が一人。
内科医が一人。
警察官が二人。
老人一人。

その老人とは、かつての斎樹の大学の恩師であった。
神隠しの記事を書くきっかけとなったのも、無関係ではすまされぬ事情があってのことだった。
容疑者。
斎樹にかけられたのは、連続誘拐犯の容疑だった。

「じょうだんじゃない…!!」
斎樹は歯をかみしめ、畳の上に寝がえりをうった。
女は、斎樹がよく利用していたスーパーのレジ打ちをしていた。
内科医は、不眠を訴えた斎樹に軽い眠剤を処方した。
そして、斎樹を訪ねた刑事二人が、次々に失踪した。
執拗に尋問する刑事には正直清々する思いだったが、恩師を含め、何らかの事情で行方不明となった人々に胸が痛んだ。

ピンポン。

「?」
苛々とした頭が眠剤によって落ち着き始めたころ、インターホンが鳴った。
六畳一間、キッチン、風呂なしの小さなアパートに訪れるのは大体が客取りの新聞屋くらいだった。
「新聞ならいらねぇよ」
斎樹は玄関に向かって返事をした。
が、
返ってきたのは意外なものだった。

「こんにちは」

少女の声だった。
「伊藤…斎樹さんでしょ?」
名を呼ばれ、斎樹は起き上った。漂い始めた眠気は、どこかへと去っていた。
「お願い…ここを…、きゃっ」
乞われる前に、その扉を開けていた。
そこには、目を大きく開いた少女が立っていた。セーラー服を着ていたが、その胸には見覚えのない校章が光っていた。
「あんた、誰だ」
斎樹は小さい頃から人見知りはしなかったが、ここにきて刑事だのなんだのと代わる代わる人が訪れ、苛々としていた。
「あ…あの、私…」
見れば見るほど、ただの女子学生だった。
「なにかの罰ゲームか?こんなところに来たら、本当に家に帰れなくなるぞ。友達に言っとけ」
斎樹は玄関を閉めようとした。
「待って!違うの!紫龍さま!!」
少女は、力強く締められる筈だった玄関に、その細い足を摺りこませてきた。
ガツン、と鈍い音が響き、少女が眉を寄せる。
「な…なにやってるんだ!?」
「まって、紫龍さま。私の話を聞いてください」
慌てて玄関を開くと、少女は一息吐き、痛そうに足を撫でた。
「しりゅう…?なんだそれは」
「あなたの名前です。ずっと、探していました」
ずっと、探していた?
「あんた…何を言ってるんだ?」
「行方不明の真相を、探しているんでしょう?」
「!!」
少女は、まっすぐに斎樹の瞳を見ている。
「な…なんなんだ。何のつもりだ?ふざけるのもいいかげんに…」
「これ以上、犠牲者を増やしたくないなら…!!」
少女は、斎樹の声を遮り、叫んだ。
「な…っ!?」
「ごめんなさい。でも、あなたにはもう道が残されていないの。きて、私と一緒に。さぁ」
少女が斎樹の手を掴み、外へとひっぱる。
「え…ちょ、待って…何のことか…」
裸足のまま、引きずられるように外へ出ると、黒塗りの高級車がアパートに横付けされていた。
運転席のドアが開けられる。
出てきたのは、若い男。
「お待ちしておりました。さ、どうぞ」
後部座席のドアが開けられ、少女に力任せに押し込められる。
「イタ…!なんなんだ!!あんたち!」
後部座席は黒のカーテンが施され、暗く、外が全く見えなかった。
ーーーー中も見えないってことか。
ついに、失踪者の中に、自分の名前が入ることになったのか。
「俺をどこに…なんの得もないぞ?金も貯金もない…」
車内でわめいてみるが、少女と男は車内へは入る気配がなかった。
「……?」
傾いた姿勢を正すと、薄暗い後部座席にはもう一人乗っていた。
「…なっ、なんだ?」
驚いて、ドアに手をかけたが、すでにドアはカギがかけられていた。
薄闇に眼をこらすと、座っているのは男だった。
色の白い肌。顔にかかった長い髪から覗く瞳。
漆黒と。

ーーーー山吹色の瞳。

「…あっ…!?ああ…!?あんた……!」
一方は人間の瞳。
そしてもう一方はそれ以外のモノ。

瞼に焼きついたそれが、いま、斎樹の目の前にあった。

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