この闇に生まれし禍ひ
黒の祝福の接吻を受けしメシアよ
血のドレスを纏い踊れ
+++++
獣の瞳を思わせる、月。
闇の中その切り立った断崖に立つ城は、霧を纏うようにしてぼんやりと浮かび上がっていた。
城門を、次々にくぐりぬける馬車が、その城内に犇めき合っていた。
馬車から降りる人影。
仮面を纏い、男は女を、女は男の手を取り、軽い接吻を交わし、薄明かりの城の中へ吸い込まれていく。
外套の豪奢な袖を忌々しそうにみやり、人々の中では頭一つ低く、細身の体躯をした騎士・イリシスは溜息を一つ吐いた。
なぜ、自分がこのような場所に……。
好き好んで来るような場ではない。むしろ、自分のような身分のものがいることさえ、場違いもいいところだ。
これも、なにもかも、すべて、腹違いの兄の所為である。
この世で、最も、憎み、恨み、命を狙ってきた兄の為、イリシスは城に騎士として潜り込んでいた。
ただその一言、
『行って来い』
その言葉に従って。
兄の代わりに行けと命じられたのだと思っていた。
……その銀杯を受け取るまでは。
くるくると円を描く舞踏会を横目で見やり、イリシスは仮面の下眉を顰めていた。
退屈。
兄が来ない訳だ。もっとも、見目の良い兄が来れば、女どもはそれを放ってはおかないだろう。
漆黒の、夜の波間のようなうねる黒髪。同じ色彩のどこまでも深い黒の双眸。
夜を統べる闇の王を父に持ち、夢魔へと堕ちた聖女の母を持つ最高の獣。
それが兄だ。
「ワインは如何?お若い騎士様?」
ソファに腰掛けていたイシリスに、銀杯が差し出された。見れば、仮面で飾りつけた年増らしい婦人がそこにいた。その丸いシルエット。
「有難い」
そう言って受け取り、唇を寄せる。
ふと、そのエメラルドの瞳が仮面を見た。
「何か?お気に召しませんこと?」
「いいえ、マダム。実に香りのよいワインだ…」
ワインに紛れた、甘い独特の香り。
人間には、この銀杯の香りに隠されて気づくものはいないだろう。
血の香り。
「でも…」
イリシスはドレスを纏った女のその派手に飾られた手首を掴む。
「私はあなたの方に興味がある」
ぐい、と引き寄せると、女は口を薄っすらと開いて微笑む。
その紅い唇から覗く、鋭い犬歯。
吸血の牙。
「美味そうな坊やが…鼻がいいじゃないか…!!」
イリシスは懐から短剣を引き抜いた。
女の、掴んだその手の爪が鷲のそれになるよりも先に、静かに、女の首を刈り取っていた。
ぱさりと、主を失った仮面が落ちた。
噴き出した血飛沫が、イシリスの白い衣装を纏った半身を濡らす。
紅く濡れた仮面を、イシリスは剥ぎ取り、捨てた。
頬に垂れた銀の髪。エメラルドの孔雀の瞳。
……全てのものを誘惑し、夢現のうちに命までも奪い去る呪いの瞳。
その孔雀緑が舞踏会場を見据える。
仮面の下の、人々の歓喜の瞳。
「さぁ!狩りの始まりだ…!!」
どこかで、叫んだ者がいた。
イシリスは小さく舌打ち、素早く短剣を仕舞うと、宝飾が付いた上に血まで浴び重くなった上着を乱雑に脱ぎ捨てた。
人間と、そうでは無いもの。
闇の生き物。それは、自分を含めたうえで。
イシリスは何度か同じような場に遭遇していた。
兄に連れられた舞踏会で。
兄に命じられた舞踏会で。
兄の開いた舞踏会で。
また、だ。
今回は兄が絡んでいるのか分からなかったが、同じことだ。
この場を去るのには一つ、条件があった。
『監視者』を葬り去ること。
これは舞踏会に似せた『狩場』だ。
人間が、魔を。
魔が、人間を、狩るための庭だ。
どちらか一方の『主』を守り、また、狩る事がその主旨だ。
必ずこの場には『監視者』と呼ばれる審判がいる。それを倒せば、この狩場は無効となり、人々は逃げ惑い、魔は闇に帰っていく。
いままで、イシリスは『監視者』を真っ先に倒しては『狩場』を台無しにしてきた。
噂は人間、魔物問わず広まり、ある意味賞金首である。
耳元で、風が吹き抜けた。
振り返ると、闇が、大きな窓から傾れこんで来た。
様に見えた。
実際は違った。窓から入り込んだ吹き荒ぶ風が、吊るされた蝋燭を、飾られた蝋燭を、全て舐めて消してしまったのだ。
好条件だった。
人間は明かりなしでは動けない。
同じように、魔のものも、闇の中では人の形を留めてはいられないのだ。
人の形を留めておけるものは、人間の血を引いているもの、または、元、人間だったものだけだ。
イシリスは、前者である。しかし、夜の王である魔王の血を父に持つイシリスにも、弱点はあった。
最強のはずの、孔雀緑の瞳。
全てを誘惑するそれは、まだ年嵩の無いイシリスにとっては鏡にもなった.
エメラルドの輝きは、闇の中を奔った。
人の無いところへ、魔の届かないところへ。
『監視者』のところへ。
イシリスは回廊へと飛び出した。すでに、『狩り』という宴は始まっていた。
アーチ型の影と、月光の合間に、人と、そうではない何かが剣とその牙を交えていた。走り去ろうとしたイシリスの目の前で、人である方の剣が音を立てて折れた。
雄叫びを上げ、止めを刺そうとする人ではない何かが、倒れた人間へと襲いかかる。
人間の上げた叫び声と、視界の端にその姿を見たイシリスは思わず足を止めた。
「…ちっ…」
イシリスは舌打ち、踵に忍ばせた短剣を引き抜く。そのまま、大きく開かれた真っ赤な化け物の口元へ投げつけた。瞬時に、化け物は投げ込まれた短剣を上下の牙で挟み、イシリスへと向き直る。
にやりと、小さくイシリスは微笑を浮かべた。
カツンと爪先を鳴らしたと同時に、闇と、月光の中に姿を消す。
再び現れたのは、化け物と人間の間だった。
充血した紅い眼を見開き、化け物はイシリスを間近に見た。
唾液にまみれた短剣を、化け物の口元から強引に引き抜く。
「おい、人間。鎧もなしに戦うつもりか?化け物を甘くみるなよ」
「あ…ああ、あ…」
倒れたまま、腰を抜かした人間の男は口を開けるだけ開け、ただ煌びやかな衣装の胸元を裂いた。
鈍い光を返す、鎧が裂けた服の合間に見えた。
エメラルドの瞳をわずかに見開き、呆れたように溜息を一つ吐いた。
「…なんだよ。無駄足か。…立てよ」
握った短剣を振り、糸を引き滴る唾液を散らす。
三つ編みに結った銀の髪を揺らして化け物に向き直ると、化け物は月光の中で再び人の姿を復元しようとしていた。
「イ…イ…シリス…」
黒髪を鬣の様に伸ばした大柄な男が、そこに立っていた。人の形になった唇が、イシリス、と幾度も呼称する。
「なんだよ、気安く名を呼ぶな」
眉を顰めた瞬間だった。
ひぃ、と背後で男が小さく呻いた。
「?」
イシリスが軽く振り返ると、男と目が合った。男の目が恐怖に引き攣るのが見えた。
「くっ…孔雀の魔かぁ…っ…」
立ち上がろうとした男はイシリスの瞳を見るなり、再び腰を抜かした。
「そうだ。この首、獲ってみるか?」
笑って、イシリスはその己の首筋に、短剣を寄せる。
「おっ…おれは『監視者』じゃないからな…っ」
「そうか、それは幸運だったな」
行けよ、そう言ってイシリスは闇に振り向く。
「イぃ…シリス…!!」
髪を逆立て、闇の姿から変化した男は真っ赤な瞳をイシリスに向けた。
「その姿でいいのか?手加減無しだぜ」
「う、ううう。う、おおおおおお…!!」
男の口から溢れ出した呻きは、獣の咆哮へと変わっていた。
真正面から静かにそれを眺めていたイシリスは耳を掻いた。
「煩せぇな。獣の姿をしたやつはどいつもこいつも…」
眉を寄せ、ふと瞼を閉じたイシリスは獣へと背を向ける。半獣となったモノは、好機を得たとばかりに、その細い背中へ尖った鉤爪を振り上げた。
細い首筋に鉤爪が触れようとした瞬間。
半獣は動きを止めた。
その紅い双眸が捉えたのは、孔雀の禍々しいほどの美しい緑の瞳。
ゆっくりと、微笑を浮かべイシリスは振り返る。
「どうした?俺の血が欲しいんだろ?この首を獲れよ」
「う、うううう」
イシリスは悪戯にその鉤爪へとその首を乗せる。
がくがくと半獣は震えだし、開かれたままの口からは唾液が滴り落ちた。
「どうした?化け物よ…やらないのなら…」
鮮やかな緑の双眸の前に短剣を翳す。白い閃光が半獣人の目を潰した。
「私の番だ!」
イシリスは大きくその胸元へ踏み込む。
分厚い胸元へ、細い短剣が食い込む。
「ぁああああああ!!」
気合と共にイシリスの短剣が切り込まれていく。イシリスのその倍はある半獣人の体が真っ二つに、左右に綺麗に分かれた。
「まだおわりじゃないよなあ!?」
切り裂き、その背後へ突き抜けたイシリスは素早く振り返る。二つに分かれた獣は、黒い霧となり、再び一つになろうと闇の中に蠢いた。
「その姿ならば、この瞳を臆する必要もないだろう。…さあ、来い!」
イシリスは短剣を舐めあげ、緑の瞳を細めた。
実体を失った闇のものは、急所が無い。闇そのものになる。
次に仕掛けてくる方法は一つしかない。
なにものかの、身体を盗む。
呼吸するものに限るが、鼻や、口など、入り込める穴という穴から、その身体に入り込み、奪うのだ。
闇から、イシリスに向かい生臭い風が鋭く吹き抜けた。
黒い蠢きが、咆哮を上げたようだった。
「ひぃ…っ!!」
闇の中に、何者かの悲鳴が上がった。
イシリスは背後を振り返った。
微かな月光に反射する甲冑。
イシリスはその姿をみるなり舌打った。
「さっきの…まだいたのか。…いや、もう、人間ではなくなったのか」
それは良かったな。
独り言のように呟くと、背から短剣をさらにもう一振り引き抜いた。
「…来い」
闇の中、じゃり、と砂が鳴った。
イシリスが目瞬きをする間に、すでに人ではなくなった男は剣を振り上げイシリスの鼻先へと迫っていた。
短剣と剣とが切り結ぶ激しい音と共に、火花が散った。
「ウ…ォォォオオオ…!!」
人間のそれとは違う野太い咆哮が男の口から放たれた。
「…うるさい……っ!!」
体躯に差のあるイシリスだが、その力は五分だった。
浮かび上がった踵に力を込め、爪先が地を蹴った。
イシリスの膝が鎧の腹を打つ。ぐにゃりと飴細工のように、それはあっけなくイシリスの膝を模った。
頭に被られた兜を、強引に剣先が弾き取る。
首まではその短剣では届かなかった。男はよろめいたが踏ん張り、イシリスに向き直る。
紅い瞳が怒りで剥かれていた。
男は立っているのがやっとなのか、肩で息をしていた。
「辛そうだな」
イシリスは慈悲を込めるように呟いた。
「人間の身体ってのも重いだろ?」
言いながら、敢えて、その緑の瞳を伏せていた。
「いま、楽にしてやる。…おまえの、その身体の持ち主も」
鎧の男は、前に倒れこむようにして、四つん這いになった。
「せめて、人間らしく向かって来いよ」
無駄か。
イシリスは溜息をつき、獣の様に四足で駆け向かってくる男に、短剣を向ける。
静かに、イシリスがその紅い双眸を見つめた時だった。
ぶつり、と布を貫く音が響き、同時に駆けていた男の首が宙を舞った。
真っ赤な、噴水のような血飛沫を上げ、男の身体が転がった。
イシリスは瞬間を見ていた。
頭上はるか真上、城のテラスからその矢は放たれてきた。
イシリスは睨み上げた。
『監視者』か。
再び地を見下ろすと、そこには首の無い人間の屍が一つ、転がっていた。
イシリスは、闇に染まった回廊へ、猛然と走り出していた。
城の中は入り組み、至る所に人間のものらしい屍が無残に残されていた。
薪がじりじりと燃え尽きようとしている様をイシリスは見た。
その脇に続く階段。
湯気の立つ鮮血が流れていた。
イシリスは眉を寄せ一段目を蹴った。
螺旋の階段を足早に駆け上ると、月光の微かに届くテラスへと出た。
「ぎゃっ」
一声、叫びと同時に噴き上がる紅い飛沫。
どさりと倒れたのは人の形をしたものだ。
イシリスは足を止め、目を凝らした。倒れたのは、やられたのは人か?魔か?
月光の所為で、見極められない。
やったのは……。
「イシリスだな」
低い、男の声である。
見れば、紅く染まった外套を放り投げつけられた。顔面に受けたイシリスがそれを除けると、目の前が真っ赤に染まっていた。
男の髪だった。
燃えるような、紅蓮の赤。男の腰まで届くその髪はイシリスの胸元で揺れていた。
こいつ、巨人か。
とっさに、イシリスは眉を顰めた。
単に、長身なだけである。
身長の低いイシリスは見下ろされるのが嫌いだった。
城の召使たちは常に身を低くしてイシリスを見送る。イシリスを見下ろすのはいつも、兄だけだった。
「賞金首がのこのこ現れるとはありがたい。やはり…近くで見ても小さい……」
「ほざけ!!」
腹の虫が脳天に昇ったようだった。
怒りのあまり、間合いも無いまま胸元の短刀を引き抜いた。
頭二つは違う男の喉下を狙ったつもりだった。
獲った。
手ごたえはあった。
が、
斬ったのは、先ほど男が倒したその首だった。
「なに…っ…」
「小さいのは背ばかりではなさそうだな」
耳元で、囁かれる低い男の声。
同時に、首を包んでいた襟巻きを強引に破り去られる。
「なにす…っ」
「孔雀か。その瞳の力とやら、見せてもらおう」
強引に掻き揚げられた髪。
ヒヤリとしたものが押し当てられるのをイシリスは感じた。
そこに、灼熱の痛み。
「…っああっ…」
覚えがある、その痛み。
脈打つ頚動を遮る力。
吸血。
振り上げたままのその腕を、痛みの支配する己の首元へと振り下ろす。
易々と、その手は囚われた。
ゴクリと、己の血を飲み干される音をイシリスはその耳元で聞いた。
処刑台の斧が振り下ろされる様をイシリスは思い描いていた。
こいつが『監視者』か。
新手の、初めて遭遇した類の者だ。
舐めていた。吸血の中にも、力を持つものがいたのだ。
脚の力が抜けていく。
意識が揺らいだ。
あの『城』に帰ることもなくなったのだ。
イシリスは、ふと、無意識に笑みをこぼしていた。
「何を笑っている」
胸倉を掴んだ男がイシリスの顔にかかった髪を掻き揚げた。
エメラルドの輝きが、男の双眸を捕らえた。
白銀の瞳だ。
鋭い、凍った湖を思わせる銀の輝き。
孔雀の瞳が、それを掴まえた。
まだ、死ぬことは許されぬようだった。
「美しいな」
月光に照らされた男の顔は整ったものだった。
だが、美しいその唇は吊り上った弧を描いていた。
「これが呪われるという孔雀の瞳か」
「…!!」
男は身を屈めるようにしてイシリスの瞳を覗く。
蟲惑が効いていない。
「な…ぜ…」
イシリスは嫌な予感を覚えた。
孔雀の瞳が効かない者がこの世にはいる。
イシリスの腹違いの兄。
もう一人は、まだ見ぬ闇の王、イシリスの父親。
イシリスは鈍痛の響く首を動かし、空を見上げた。
そこには月があった。
違う。
この男は少なくとも己の父親ではない。
やつは、月蝕の晩にしか現れないと聴いた。
ならば、これはなにものだ?
見知らぬ男が、気安くこの瞳を覗き込んでいる。
「はなせ…!」
短剣は、至る所に忍ばせてあった。
掴まれた腕が脱臼することも臆さず、無理矢理に腰から隠した短剣を抜いた。
その掴まれた腕を。その掴んだ手首を。
今度こそ間違いなく斬った。
手放された腕がだらりと、落ちる。
男の手首から噴き出した血が、イシリスの頬を濡らす。
だが、胸倉は掴まれたままだった。
「はなせ…!!」
イシリスは苛々としていた。
むしろ、殺されたかった。そうすれば、あの城に帰らなくてすむ。
だが、それを赦さない様に男は笑った。
銀の瞳が細められる。
「面白いことを教えてやろうか」
男は掴んだ胸倉を持ち上げる。軽々と、狼が捕らえたウサギを咥えるように。
「この『庭』は招かねざれる客がいた」
「なに…」
不意に男は血を流したままの手首をその唇に当てた。
そして、そのままイシリスの唇へとその唇を押し当てた。
「!!」
甘い液体が口内に充満する。
男の舌が、イシリスの舌を強引に弄ぶ。
イシリスは、それに思い切り噛み付いた。
退くと、思っていた。命さえ奪われかねない行為だ。
だが、男はさらに深く舌を滑り込ませてきた。
「…ん…っ…う…」
蹂躙されるまま、イシリスは閉じていた瞳を開いた。
銀の、鏡の様に輝きを放つ瞳がそこにはあった。
その双眸の中に映る、エメラルド。
しまった。
イシリスには最強であり、最大の弱点があった。
孔雀の瞳。
他を蟲惑する瞳。それは、己にもその力を及ぼした。
蟲惑をかけた相手の瞳に映る己の瞳。
それが、イシリスの弱点である。
グニャリと、視界が歪む。
「…っ…は…」
封じられていた唇を離されたが、イシリスには意識できなかった。
「『でき損ない』と聴いていたが、まさかここまでとはな」
掴んでいた胸倉を、男はあっさり手放した。
冷たい石畳に、イシリスは体を叩き付けた。
痛みも、何も感じない。
誰かがボソボソと耳元で喋っている。イシリスにはそう感じた。
キラリと、何かが光るのを薄っすらと視界に感じた。
男の握った短剣だった。男はそのまま、イシリスの胸元を引き裂いた。
「…っ」
痛みは無い。
服を、斬られた。
「やめ…ろ」
男は斬ったその服の下に隠されたイシリスの秘密を暴こうとしていた。
ピッと、その端を斬る。
「やめろ……!!」
露になったその胸。
隠していた、その膨らみ。
この世で唯一、己の兄のみが知る秘密。
「は…まさか、と思っていたが、そのまさかとは、な…」
男の指が、裂かれた服の合間を這う。
その丸い曲線を描く体の線。
「やめ…触る…な…!!」
イシリスの美しい貌を引き立てる、その美しく柔らかな体。
「女…か」
「っ…」
最後の、力を失いかけた足を振り上げる。それは男の胸元を蹴り上げるつもりだった。
踵は男の胸を打った。が、それは無駄なものだった。
振り上げた足は左右に開かれ、その間に男が割って入る。
「少しは女らしくしたらどうだ」
「おま…え…『狩り』はどうした…!」
やるのなら、こんな茶番など。
「『狩り』?お前を狩る方法ならばいくらでもあるだろう?」
「…賞金首を…舐めるな!!」
石畳の血溜まりが、イシリスの声と同時に跳ね上がる。
紅い槍となって、男の頭へと向けられた。
「面白い」
その一言と共に、その槍は男の掌に消えていく。
吸い込まれるように、その肌に滲みていく。
愕然と、イシリスはその様を見た。
「孔雀に、血を操る力。…あとに残るはなんだ?出してみろ」
イシリスは、唇に残った男の血の味を感じていた。
男は、その唇が小さく震えているのを見ていた。
「俺の番か。…つまらん」
男は、言うなり脱臼したイシリスの肩を掴んだ。ぐっと、力を込め強引に関節を戻す。
ゴキリ、と鈍い音と共にイシリスが呻く。反射的に背けられたその小さな顔を、頬を捕まえ男は引き寄せた。
唇が触れるか触れぬかの距離で男が囁いた。
「お前も吸血ならわかるだろう?…俺の血の甘さを」
そう言って、噛み付くようにイシリスの唇を塞いだ。
再び、男の舌がイシリスの口内を蹂躙する。
「…っ…ん…」
口の中に溢れる男の血の甘さ。
それはどれほどの葡萄酒にも負けぬ濃厚な甘みを持っていた。
イシリスの意識さえ、蹂躙するほど。
闇の中に生きるものどもの、階級を示す、『血』。
強ければ、強いほど、甘美な味を含むそれは、吸血たちのなかでは酒の代わりとされてきた。
また、あるときはその役を変えた。
強いものが、弱いものを。
または、弱しくも、美しいものが、獲物を捕らえる為に。
その意識を狂わせ、現を夢に、夢を現へと変える、『媚薬』の代わりに。
初めてではなかった。
イシリスは、幾度となく、その味を味わっていた。
実の兄の、その血を。
男は、切り裂いたイシリスの上着を乱雑に剥ぎ取り、その胸元に顔をうずめた。
柔らかなイシリスの胸にゆっくりと舌を這わせた。
その白い肌に、紅い滴りを残しながら。
「…う…。……に、うえ…」
冷たい石畳を、直に肌に感じながら、イシリスは仰け反った。
「やめ…もう、許し…あに、う…え…」
男は、その顔を上げ、イシリスの顔を見た。
うつろな孔雀の瞳を覗くと、イシリスは男の顔を引き寄せ、静かに口付けた。
「兄…上…」
いま、イシリスの体を支配しているのは、兄。幾度も、そうしてきたように、何時もの様に。
そうイシリスは幻惑の中にいた。
絡みつく黒髪が、己の白い肌にまとわり付く。
細い腰を抱かれ、幾度も、甘い痺れが体を突き上げる。
(もっと俺をよろこばせろ、イシリス)
何時もの様に、己に無理強いを如き、身体を支配する兄。
「い…や…も…う、許し…」
「…違うだろう?俺を見ろ、イシリス」
「あに……なに…?」
「俺の名はクロサイト、だ。…イシリス。その男とは、違うだろう?」
「…あに……、…なに…」
クロサイト、と名乗った男はイシリスを石畳に横たえ、その体を裏返した。突っ伏したイシリスは震える腕で、逃れようと、這う。
「イシリス」
小さな背中に刻まれた、幾筋もの、爪研ぎのような傷跡。
そっとなぞると、ビクリとその細い体が強張った。
同時に、傷跡は滲み、蚯蚓腫れの様に腫れ上がり、文様となった。
呪いの言葉が、そこには浮かびあがっていた。
「…ぁ…っ…熱…いっ…や…っ」
頭を振ってのたうつイシリスをクロサイトは上から押さえつけ、背に流れ落ちた銀の髪を掻き揚げた。
「悪趣味なやつだ。…相変わらず」
言って、その蚯蚓腫れに口付ける。クロサイトの舌が肌を舐め上げると、ひゅっと喉をならし、イシリスが叫びを上げた。
「いやぁあああああっ…」
ガクリと地に伏したイシリスの体を、片腕に抱き寄せる。力を失った体を背中から抱き上げる様にすると、クロサイトは首筋に唇を寄せた。
「目覚めろ」
吸血の痕に舌を這わせると、イシリスの伏せられた瞼が震えた。
「イシリス」
その鋭い犬歯が、再び柔らかな肌に食い込んだ。
「っあ…!!」
痛みが体を奔り、イシリスは瞳を開けた。
背中越しに抱き締められ、イシリスはその腕を放そうともがいた。
「なに…おまえ…なにを…っ」
「女らしくしろと言っただろう。あの男の前のように」
「な…」
裸の胸を柔らかく包む手を、必死に剥がそうとするが、縺れて無駄に終わった。
頬を染めたイシリスは顔を伏せる。
「…か…『狩り』の続きを…しろ」
小さな唇から、蚊の鳴くような声でイシリスは告げた。
「『狩り』?…そんなもの、疾うに終わっている」
「…!?なんだと?」
「招かねざれる客がいる、といったろう。…俺が、疾うに仕舞いにしている」
クロサイトは片手に持った短剣を闇へ放った。
月光の輝きを返すそれは倒れた先ほどの死骸に突き刺さった。
呆然と、イシリスはそれを見た。
「おまえ…なにものなんだ。なぜ、私を…」
「闇の王とやらを…その手にしてみたいとは思わないか」
クロサイトの指が、イシリスの顎を掴む。ゆっくりと撫で、そして唇がその耳朶を噛む。
「やめろ…!お前、誰のものに手を出しているのかっ…」
「闇の王に代わるという獣とやらか?くだらん」
柔らかく、その大きな手が丸い胸を掴む。イシリスは息を殺して首を振った。
「こっ…この背にあるだろう…!意味をしらないのか!?」
「そんなもの、すり替えてやった」
「すり替え…?」
「奴にこの背を見せればいい。全てわかる。…それよりも、イシリス」
耳朶を噛んでいた犬歯が首筋に降りる。小さな二つの牙の跡に、クロサイトは舌を這わせた。
「…あ…っ」
舌が傷跡をゆっくりと舐めあげると、イシリスは体を震わせて熱い吐息を吐いた。
「…やめ…ろっ」
「お前のその孔雀と、俺の血の力だ。ゆっくり味わえ」
「やめ…、…い…や…!」
揚がりきった体温と鼓動と共に、声音も高まっていた。イシリスは口を押さえ、頭を振る。
「そうだ、その声をもっと聞かせろ」
月光に微かに輝く銀の茂みの、その柔らかな秘所に、クロサイトは指をゆっくりと挿し込んだ。
その中は熱く、クロサイトの長くしなやかな指を締め上げる様に蠢いていた。
「…ぁ…あっ…だめ…」
ゆっくり引き抜くと、イシリスの腰が浮き上がり、蜜の様に蕩けた液を指に絡み付けた。
「あの男の前ではどんな声で鳴く?…イシリス?」
クロサイトの大きな手が、イシリスの手首を掴むと、易々と引き剥がした。
声を噛み殺していたその手首には歯型がくっきりと残っていた。
「…っ、…」
唇を噛んで、嫌々とイシリスは頭を振る。
「嫌なら俺の前だけのお前を晒してみろ。ほら」
指を揃え、探るように再びイシリスの秘所に滑り込ませる。
びくりと跳ね上がった腰を強く抱き、クロサイトはその名を囁いた。
「イシリス」
二度、三度と引き抜き、そして挿し入れた。
指の動きに合わせ蜜が溢れ、濡れた音が響いた。
「……っ!!っ…いぁ…」
「…絡みつくようだな…」
イシリスの蜜によって濡れた指を舐め上げ、クロサイトはそのままイシリスに口付けた。
「…っ」
強引にイシリスの口内を蹂躙するクロサイトは石畳に磔にしていた手を放した。
自由になった手で、圧し掛かった巨体を必死に押し戻そうとするが、無駄に終わる。
そして、それは突如としてイシリスの体を貫いた。
「いっ…?…いやぁああああっ!!」
クロサイトの雄が、イシリスの秘所へと強引に押し込まれていた。
「いやあああっ…ぁあああっ」
地から反り返った背が、突き上げられると同時に冷たい石畳に擦れる。
クロサイトは手近にあった地に濡れた外套を引き寄せ、イシリスの下に差し入れた。その間も、休むことなく、強く、イシリスを穿つ。
「たっ…たすけ……ん…」
はっと、イシリスの瞳が固まる。涙の滲んだエメラルドが輝いた。
銀の瞳が、微かに乱れた息と共に静かに見下ろした。
「どうした?…誰に助けを請う?…イシリス」
「ち…ちが…わたしは…」
誰にも助けなんて望まない。
望めない。
この身に呪いをかけた実の兄にも、まだ見ぬ父にも。
聖女だったという、人間の女の屍にも。
「イシリス…」
はっと、我に返ると、クロサイトが頬に伝った涙を掬っていた。
「私を救うとでも言いたいのか?…とんだ阿呆だな」
「求められなければ、そんなもの、誰がすると思うのか」
「…放せ。これを抜け、無礼者」
「無礼なら、慣れたものだ」
クロサイトは、イシリスの細い腰を抱くと、再び強く押し付けた。
「っ…ぁ…あっ…」
動きに合わせる様に、イシリスの唇から熱い吐息が漏れた。
「イシリス、もっと、声を…聞かせろ」
「誰が…っ、おま…っえのために……っ…あっ…」
がり、と親指を噛んで快楽から逃れようとイシリスは試みたが、紅い長髪がそれを阻んだ。
首筋に、噛まれた傷跡にゆっくりと這わされる、舌。
ぞくり、と背筋を通り、快楽がクロサイトを咥え込んだ秘所に流れ込んだ。
クロサイトの雄を、柔らかく、強く、何度も締め付けるのをイシリスは身体の奥底に感じた。
「…ぁ…あっ」
「イシリス、血に飢えた俺の…」
何事かを、クロサイトはイシリスの耳に囁いた。
だが、それを聞き取ることは、イシリスには不可能だった。
「…ん…っ、…ぁあ…ああっ…」
何度も、腰をくねらせ、快楽から逃れようともがいた。だが、それは全てクロサイトの身体によって操られていた。
目前に垂れるのは血なのか、髪なのか、イシリスは呆然と、ただ快楽の中に溺れていた。
繋がれた腰が、激しくぶつかり、がくがくとイシリスの肉体を揺らした。
「…あっ…あ…ぁ!!」
濡れた肌の音が、己の発する声の合間に聞こえた。身体を突き上げる快楽は、それに続いた。
やがて、それは速まっていった。
クロサイトの息が、耳元に乱れた音を立てた。
「…あっ…ぁあ…!…ぁあああっ!」
一際高く声を上げたイシリスは、強く、それを締め上げていた。
どくん、と体内に熱を感じた。
同時に、クロサイトが息を吐いたのが分かった。
引き抜かれていく、熱源。
「…っ…、…ぁっ…っ」
「…イシリス。いい声で鳴くじゃないか」
紅い長髪を揺らし、クロサイトがその上体を起こすのをイシリスは見た。
「…ほ…ざ、け…」
霞む視界で、その銀の双眸を睨み付けたのが、最後の記憶だった。
目覚めると、空は薄っすらと紫がかっていた。
「いて…て…」
冷たい石畳の上にビロードの外套が敷かれ、イシリスはそこに横たわっていたようだ。身体の節々が冷え、痛んだ。
「…クロサイト…」
身体のあちこちが痛む理由をもう一つ思い出し、辺りを見渡す。だが、そこは廃墟と化した城だった。
数時間ほど前まで昂ぶっていた人や闇のものの気配は消え去っていた。
ぶすぶすと、何かが燻る音と、焦げる臭いとが立ち込めた。
見れば、昨晩クロサイトが仕留めた『監視者』の屍だった。昇り始めた朝日に照らされ、それは静かに青い炎を上げ燃え出した。
卵の腐ったような臭いが立ち込めた。眉を寄せ、イシリスは静かに立ち上がった。
遠くから、微かに馬車の近づく音がした。
下敷きにしていた血に濡れた外套を羽織り、釦をしめると、イシリスは伸びをしてテラスから下を覗いた。
黒い馬に、黒い車。黒のベルベットが閉め切られた中は見ることができない。だが、イシリスはそれが己を迎えにきたものだと分かっていた。
「イシリス様」
不意に、背後からイシリスの名を呼ぶ声が静かに響いた。
驚くことも無く、イシリスは目を瞑り両の手を上げ、降参の様を真似た。
「はいはい、お迎えご苦労さま」
「失礼いたします」
近づいてきたのは女とも、男とも見える黒髪に切れ長の黒い瞳を持つものだった。黒の燕尾服を着て、手には白いリボンを持っていた。
きらきらと、リボンの宝飾が光を放つ。
燕尾服の使いは、迎えに来た召使だった。何時ものように、全てが終わった朝、場所を問わずイシリスを迎えに現れる。呼んだ訳でもないのに。
「今回もまた、『狩り』だったぞ。ソーン?」
ソーンと呼ばれた召使は、イシリスに持っていたリボンで目隠しを施す。
「レイベン様は御存知です」
「だろうね」そう言ったイシリスの服が、純白のドレスへと変化する。慣れた様で爪先で裾を蹴りながら、イシリスは手を引くソーンの後に続いた。
ソーンは指を鳴らした。
テラスの下で馬の嘶きがこだまし、羽ばたきの音が近づく。
黒い馬に、漆黒の翼が生えていた。逞しい馬の脚が空を蹴ると、それは羽ばたいた。
テラスに横付けになると馬車は止まった。黒い馬は紅い目をしていた。
「さぁどうぞ、イシリス様」
馬車の扉を開け、ソーンは目隠しのイシリスを促した。馬車を前に、片膝を立て、踏み台のように差し出す。
イシリスは普段どおりそれを踏み、軽い足取りで馬車の中へと入った。
ソーンは中へは入らず、外から扉を閉めた。それを音で確認すると、イシリスは溜息を一つ吐き、目隠しを取った。
薄暗い馬車の中、目が慣れてくるなり、イシリスは思わず息を呑んだ。
波打つ漆黒の髪。そのうねりが目に入った。
「今宵の宴はどのようだった?イシリス…」
低い、男の声が響いた。
「あ…にうえ…」
イシリスは後退りした。だが馬車の中、その距離は知れている。
驚愕に見開かれたエメラルドの瞳に恐怖が滲む。
「その首に何を隠している?可愛い妹よ」
はっと、イシリスは首に手を当てた。クロサイトに噛まれた傷跡があるはずだった。
だが、そこには傷一つ無い滑らかな肌があった。
「!?」
「そんな子供騙し、我を愚弄しているのか。…ふ…くだらん」
イシリスの腹違いの兄、レイベンは怒りとも、笑いとも付かぬ声音で言うなり、イシリスに手を伸ばした。
その細い首をすんなりと片手に捕まえると、強引に引き寄せた。
「…あっ…兄う…え…」
見開いたエメラルドの瞳を覗きこみ、レイベンは唇を吊り上げ笑った。
掴み上げる指を剥がそうと、イシリスは力を込める。だが、震えた指先は冷えるばかりで役に立たなかった。
「この傷…お前には分からぬか、妹よ。愛いやつ…」
レイベンは耳元に唇を寄せ、囁くと、その首筋を舐め上げた。
傷のあったはずのその肌の上を。
「…ぁっ、…あ、あ…っ…」
熱い痺れが、首筋を襲う。
何か熱いものがその後に滴るのをイシリスは感じた。
「たかが吸血の分際で。この身体に触れるなどと…なぁ、イシリス?」
「ぁ…あ…に…うえ…」
紅い滴が、首から胸元に落ちた。
首筋を滴っているのは血だった。
「それはどんな男だった?イシリス。この血の香り…お前のものにも引けを取らない。さぞ、甘かったろう?」
「あ…あに……ぁあっ…」
許しを請おうと、その顔を見上げると同時に、背中を包んでいたドレスの絹を思い切り引き裂かれた。
「背を…見せてみよ」
抱かれるように引き寄せられ、うつ伏せに倒される。
背にかかる銀の髪を掻き揚げられると、ひやりとした指の感触がした。
「や…あに…許し…、……!!」
同時に、それは灼熱の痛みへと変化した。
「…っ…ゃあああっ!!」
レイベンの指がイシリスの背をなぞるたび、イシリスは幾度も背を反り返した。
針で突かれるような痛みが、イシリスを襲っていた。
背に施された術を読み返すと、レイベンは低く喉を鳴らした。
「くだらぬものを…奪えるものならば、奪ってみるがいい。…くく」
レイベンの指が、露になったイシリスの秘所をなぞる。
「…ぁっ!」
冷め始めていた体の熱を呼び覚まされた様な錯覚に陥る。
「ゆっくり…聞かせてもらおうか?もう一度、この身体に…」
「…あ…あに…うえ…」
漆黒のベルベットを握り、イシリスは目を閉じた。
脳裏に浮かんだのは、紅。
居城という名の檻に着いた頃、イシリスは馬車の中、一人眠っていた。
「イシリス様」
何時ものように、背後からソーンが名を呼んだ。ベルベットの向こうは、扉が開けられている様だった。
「入ってかまわない」
軋む身体を起こして、イシリスは目を閉じた。
目隠しをされ、手を引かれ馬車を降りた。
そのまま、導かれるまま、爪先で廊下に続く己の部屋へ辿った。
「おやすみなさいませ」
静かに、瞳を伏せたソーンが腰を折る姿をイシリスは見た。
黒い細身の鴉を思わせた。
唯一、ソーンの姿を見ることができる瞬間でもあった。
イシリスは静かに、唇を開いた。
「おやすみ」
漆黒の天蓋を見つめ、イシリスは真紅の長い髪を思い出していた。
凍った湖を思わせる白銀の瞳。それに映る己の孔雀色の双眸。
イシリスは唇を舐めた。
あの血の甘みが、まだ残っているような気がして。
……そんなはずがない。
あの男は、いま、どこで何をしているのだろうか。
今宵も何処かで行われる宴に現れているのだろうか。
獲物を見つけては、欲望のまま狩るのだろうか。
この身体を貪ったように。
また、何処かで出会うのだろうか。
闇の中行われる宴。
血の舞う、仮面舞踏会。
そして、そのとき、己は何を求めるのだろうか。
イシリスは瞳を閉じ、溜息を一つ吐く。
再び闇の中に孔雀の瞳が開かれたとき、それは静かに微笑を浮かべていた。
~MASQUERADE~序・終