『真円の月が纏うもの』~眩暈~

「あの月を、我が物にする気はないか」
 左の眼は青、右の眼は紅をした男はそう言った。
 そうして、我はあの月の僕となり果てたのだ。

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「…っ……」
 皓一は、幾度となく目を見開き、天窓の月を見た。
 月はその姿を窓枠に半分ほど隠し、その軌跡を皓一は瞼の裏に焼き付かせていた。
 その白い闇の中に浮かび上がる緋龍の細長い影。
 山吹の瞳。
「ひ…りゅ……」
 逆光にも妖しく輝くその視線は、皓一を強く射抜いていた。
 身体を引き裂く痛みを受けながら、皓一はその瞳を見返すことを止めることはなかった。
 緋龍の爪が、逃げようと藻掻くその手の鱗を強く掻く。
 ギシリ、とベッドが軋みを上げる。同時に、皓一を襲う赤い眩暈。
 無理矢理に捩じり込まれる、緋龍の熱。
 快楽とは程遠い、無の交わり。
 血を流しながら、皓一は緋龍を受け入れていた。
 ただ、ただ緋龍の感情をもう一度確かめたかった。
「…ひ、…りゅ、う…お、れ…、……っ…」
 震える唇が、名を口にすると、緋龍は更に力強く腰を押し進めた。
 肉の裂ける音が聞こえるかのような錯覚を皓一は感じた。
 無理矢理に引き裂かれる痛み。
「…っ……!!」
 目前が闇に包まれそうになり、皓一は唇を噛み締めた。

「憎いか」
 低い声が闇に響いた。微かに乱れたその声は皓一の耳元に落とされた。

「憎め。俺がそうしたように。お前が、俺に教え込んだこの交わりのように」
「ちが……、ひりゅ…お、れ…は…っ…ん…」
 否定する間も与えず、緋龍は皓一の唇に噛み付いた。
 甘く噛み、その冷たい舌先が皓一の言葉を遮る。
「…ん……ぅ……」
 下肢の激烈な痛みとは裏腹なまでに、緋龍の舌は皓一を柔らかく、痛覚と快楽を惑わせる。
 熱を吐き出し、痛みによって忘れ去られていた皓一の雄が、ぴくりと疼く。
「…!!」
 見開けば、緋龍の色の異なる双眸が細められる。
 そして、柔らかく、皓一の雄をその長い指が包む。
「…皓一…」
 唇が触れるか触れぬかの合間に、緋龍は囁いた。そして、皓一の雄を包んだ指が、強弱の波を与えながら上下に動く。
「!!…い…や…!!」
「皓一…、だったな。この身体…この熱い肉の昂り…」
 皓一は頭を振ってその胸を必死に押し返す。が、緋龍は更に腰を打ち付けた。
 ぞくりと、腰の繋ぎ目から快楽が脳へと駆け上がる。
「ひっ…あ…!!」
 緋龍の手の中で、皓一の雄がぬるりと粘液を零す。 
「名を呼んでやろう。皓一。お前が望んでいたように。何度でも」
 零れ出た粘液を塗りつけるように、先端の口を押しつぶす。
 被虐を受けたはずの皓一の雄が、更に熱を高める。
「分かるか?お前の、この昂り…少し…痛みを与えれば…すぐ…」
「いや…ぁ…っ…!!」
 粘液を零す先端の、小さな口に、爪を立てる。
「皓一…」
 耳元に零された己の名を、皓一は否定した。
 違う。
 こんな為に、呼ばれるための名ではない。
 違う。
 この男が本当に望んでいる名は。
「し…紫龍だ…ろ…っ!!」
 不意に、緋龍の瞳が見開かれる。
「俺は、し、りゅうなんだろ…!?」
 喉から絞りだした声は、痛みを伴っていた。
 視界が、熱く滲む。
 だが、真っ直ぐに緋龍の眼を見返した。
 緋龍は、ゆっくりと瞳を閉じ、そして開いた。
「そうだ。お前は、紫龍。他の、何者でもない…」
 ギシリと、ベッドの上で身を起こすと、緋龍は、皓一の細い腰を抱いた。
「苦楽さえ、お前と一つしかない。お前にあるのは、この俺だけだ」

 瞬間。
 赤い闇が、皓一の目前を覆った。

 悲鳴さえ、上げる間も無かった。

 ただ、体の最奥に熱せられた鉄杭を穿たれた様だった。


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 紫の闇が、広がっていた。

「朝…だ…」

 ベッドに投げ出した身体は、まだ痛みを残していた。
 また、この朝だ。
 前は、あちこちを噛まれたり、掻かれたりしただけだった。

 緋龍。

 気を失いそうな意識の中、見たのは、ふらりとベッドを降り、何も告げずに部屋を去る後姿だった。

「…っ…」
 緋龍を受け入れていた箇所が、疼いた。
 はっと気付いた時には遅かった。白と、鮮やかな赤の混じった液体が、体から流れ出たところだった。
 皓一を犯した液体は、ベッドを汚し、染みを残した。
 皓一は無意識に眉を寄せた。再び、視野が滲んだ。

 もう、紫龍として生きるしか、残されていないのだ。
 それを、昨夜、認めてしまった。

 名を呼ばれたくない、その一心で。

 シーツを剥がすと、身を包んだ。

 痛みの中、皓一はあることに気付かずにいた。

 皓一を犯したその染みが、その紫の鱗を、僅かだが消したことに。

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